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申し入れたい「議」があれば、「理性的な文書」を準備し、「資格」を証明ください。

またまた、ちょっとしたニュースのご紹介です(少々長文になりますが、大切なメッセージを後半、申し述べますので、是非最後までお読み願えると幸いです)。

以前、公開討論の申し入れという名称の「抗議文」を送ってこられました大阪維新の会の幹事長が、藤井について「つぶやいて」おられた、というニュースです。
http://oneosaka.net/4679.html

そのニュースについて、当方の視点から、以下の4点について解説いたします。

【視点1:一般公衆に対してこそ「言いたいこと」があります】
曰く 「いいたい事があれば、表で我々と議論すればいい」

→ 違います。

当方にとって今、「言いたいこと」があるのは、都構想を推進している「公党勢力」に対してではありません。大阪市民や日本国民の皆さん、一般公衆の皆さんに対してです(コチラも参照ください → http://satoshi-fujii.com/150401/ http://satoshi-fujii.com/150331-4/)。

【視点2:必要なのはケンカでなく、議論です】
曰く 「表で我々と議論すればいいのに何度申し入れても逃げまくり、「俺は強いぞー」「かかってこいよー」といいながら、いざとなればいなくなる、そんな人たまにいますね。」

→ おっしゃっている意味が分かりません。

「ケンカ」のお話なら、「かかってこいよ」等の表現は妥当します。もしも、松井氏の上記発言の「議論」を「ケンカ」に入れ替えるなら、上記発言内容、もちろん全て、整合的な文章になります。

しかし、「議論」には、「かかってこい」(引用)というような表現は無縁です。

繰り返しますが、「議論」の呼びかけには喜んで応じますが、一般的な社会的規範の範囲の中で生きている当方は、「ケンカ」の呼びかけには応じません。

【視点3:「有用な公開討論」の成立には「条件」が不可欠です】
このニュースの最後は、次のようにまとめられています。

「大阪都構想の生みの親ともいえる橋下徹大阪市長と今や反対派の代表的な存在になった藤井聡教授との公開討論は、人々の理解を深める有効な手段になるのではないか。」

→ あり得ません。

そもそも、根拠なく「デマだ」「うそつきだ」「抗議する」と断定する相手と、討論などできるはずがありません。

何を話していても、根拠なく「デマだ」「うそつきだ」「抗議する」と言うだけの論戦など、「プロレス」「格闘技」「ショー」としては面白いかも知れませんが、有権者に役立つ情報を影響する機会には100%なり得ません。

したがってもし万一、本当に当方との冷静な議論をお望みなら、

 「どういう理性的根拠で当方の発言が嘘やデマを
  言っていると思っているのか?」

についてを、

 「冷静に理性的に記述した文書」

におまとめいただき、当方までお送りいただきたいと思います。いつでもお待ち申し上げています。
(※ 例えば筆者は拙著『大阪都構想が日本を破壊する』の中で、「7つの事実」「7つの真実」をまとめておりますので、それらに対する理性的批判を書面でいただくという形もあろうかと存じます)

もしもその文書が適切なものでしたら、その文書をまとめた方となら(あるいは、その文書を十分に理解している方となら)、冷静な議論が可能であると判断し、

 「公開討論」が人々の理解を深める有効な手段になる

と認識し、公開討論の申し出に喜んで応じたいと思います。

しかし、そうした文書が不在なままなら、あるいは、文書があっても、あまりにもそれが

 「稚拙」

なものであるのなら、公開討論をしたところで何らメリットなど無いという事になりますから、その申し出には、申し訳ありませんが応ずることはできません。

そもそも、口で言えることは全て簡単に文章にできるのです。書くのが苦手なら、話したことをテープにとって、文字おこしさせればいいのです。だから、まっとうな文書を用意できない方には、まっとうな議論など土台無理なのです(もちろん逆はあり得ますが、そのまた逆はあり得ないのです)。

【視点4:まっとうなあるべき自由社会とは?】
なお、当該ニュースの中で、一言だけ、当方も強く同意する文言がありました。

 「人々の理解は、賛成意見と反対派意見の両方を聞いてこそ進むものだろう」

まさにおっしゃる通り。

賛成派と反対派の言い争い・ケンカなど、「ワケワカ」なものにしかなりません。

しっかりとした賛成派の意見と、しっかりとした反対派の意見の「それぞれ」が、記事や書籍、番組、演説などの形で「自由な言論空間」の中に様々に併存し、一般公衆がそこに自由にアクセスして、両方の意見をじっくり吟味したうえで、判断されればいいのです。

そして、複雑な政策課題については、「討論する資格のある者」(=きちんとした論理を書面で準備できる者)だけが、公衆の面前で賛成派と反対派とに分かれた激突討論をすればよいのであり、そうした「資格なき者」は、人前で賛否激突の討論など露出させてはならないのです。そんなケンカまがいの討論など、自由社会においては百害あって一利なしにしかなりません。

筆者は、こうした社会こそがまっとうな住民投票が可能となる「自由社会」の姿であると考えます。

。。。。以上、当方の「ニュース解説」と共にお届けした、ニュースのご紹介でした!

追伸:当方の本ニュース解説が、皆様の理性的かつ適切な状況認識に資することを心から祈念いたします。