冷静な「絶望」以外に「希望」なし|藤井 聡

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冷静な「絶望」以外に「希望」なし

随分前に書きました、ある雑誌の巻頭言、です。タイトルは、

冷静な「絶望」以外に「希望」なし

未発行の記事ですので、その見出しだけ、ご紹介します。

「いま我が国では、未曾有の自然災害に見舞われるリスクが激烈に高まっている。」で始まるこの原稿では、如何に日本が巨大な災害の危機に苛まれているか、そして、そのための最低限の備えが、如何に未だほとんど十分になされていないのかを指摘しました。そしてその上で、次のように論じました。

『かくして今の我が国は、上述した最低限の見識も知性も携えていないのではないか、それ故、東京一極集中も太平洋ベルト一極集中がこのままでは放置され、早晩生ずる巨大地震や大噴火によって二度と元に戻れぬほどの「深刻な事態」に陥ってしまうのではないか──ということが深刻かつ現実的に危惧されるのである。
ただし──たった一つだけ、この絶望的状況を回避する方法がある。
それは、一人でも多くの日本国民が、冷静沈着に状況を把握し、深く絶望する事である。絶望的状況においては楽観の先には絶望しか訪れないのであり、深い絶望の果てにしか希望は決して立ち現れぬものなのである。
ついては、我が国の弥栄がいつまでも続く未来を企図するためにも、一人でも多くの本誌読者が冷静かつ客観的に「絶望」されんことを、心から祈念したい。』

私の目には、巨大自然災害の問題のみならず、過激な自由貿易協定も、過激な地方政府改革の問題も、皆、大きくその「構図」を共有しているように見えてなりません。

だからこそ、今、我々に最も必要なのは、「希望」を導き得る程の上質な「深い絶望」なのではないかと、思います。

───ということで、「明るく絶望する事」が何よりも大切ではないでしょうか、というお話でした(笑)。

では、引き続き、よろしくお願いします!

150221

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