維新・改革は、緊縮を通して「災い」をもたらします。
京都大学大学院教授 藤井聡
台風18号は、凄まじい被害をもたらしました。
その直接的原因は、二つの台風と秋雨前線の相互作用で生じた、(昨年の広島の土砂災害をもたらしたものと同様の)「線状降水帯」による凄まじい集中豪雨でした。
しかし、今回生じた堤防決壊や越水などの「災害」を見れば、過去の政治家たちが空疎な改革や維新といった言葉を叫ばずに、まっとうな政治さえ行っていれば、防げたのではないか──としか思えないものが見られます。
中でもその典型が、鬼怒川での堤防決壊でした。
この堤防決壊は、甚大な被害をもたらしましたが、ここが危険な地点であることは、政府・国土交通省もあらかじめ認識していたのです。だから、ここでは既に、この地点を「強靱化」するための河川改修事業が進められていました。堤防の位置を付け替え、河川断面を広げてより多くの水が流れるようにする事業が始められていたのです。
だから、この事業さえ終了していれば、今回の惨事は起こらなかった可能性は十二分以上に考えられるのですが、残念なことにその事業のただ中に、この不幸な災害が起こってしまったのです。
ではなぜ、事業が終わっていなかったといえば……「治水事業のための予算」が足らなかったから、という背景が濃密に存在しています。
こちらのグラフをご覧ください。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=697495253684754&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1
我が国の治水事業費は(昨今、民主党政権下よりも若干回復しているものの)、ピークの「4割以下」にまで激減しています。
洪水に対する強靭化を果たすには(ソフト対策の充実が必要であることは論をまちませんが)、この治水についての「緊縮」問題は、最大の課題であると当方は考えます。
なぜならここまで過激な緊縮路線がなければ、とおの昔に、今回の決壊地点での河川事業は終わっていたことは、火を見るよりも明らかだからです。
そして、これを誰が削減したのかと言えば──最も大きく削減されたのは、「平成22年」に政権を担っていた、あの「コンクリートから人へ」のスローガンと共に政権の座についた民主党政権です。
なお、それ以後、安倍政権下で少しずつ回復しつつありますが、民主党政権が断行した大きな削減を取り戻すまでには至っていません。
いわば、少なくとも数字の上から見るなら、「コンクリートから人へ路線」は幾分緩和しつつあるものの、未だ、継続していると言われても仕方ない状況にあるわけです(グラフをご覧頂けば、いわゆる「L字回復」の状況にあることをおわかりいただけると思います)。
一方、民主党政権だけが、この治水事業費の「削減」に加担してきたのかと言えは、決してそうではありません。グラフからも明らかなとおり、(民主党よりも削減ペースは遅いとはいえ)、自民党政権下でも、一貫して、治水事業費は削減され続けたのです。
この今回の堤防決壊によって引き起された惨事を目の前にして、そして、その惨事によって失われた国民の生命と財産を目の当たりにしてもなお、この事業費削減は「合理的」だったのだと我々は言えるのでしょうか───?
歴史に「たられば」は無い、と言いますが、これからの政治の差配を考えるには、政策を考える者は皆、その「たられば」に思いを馳せ、反省すべきを反省し、これからの政策のあり方を考えるべきであると思います。
・・・
いずれにせよ、こうした事業費削減の考え方は、広く言うならば「緊縮財政」そのものです。
したがって今回の災害の教訓は、「過激な緊縮財政は、災いをもたらす」という一点です。
思い起こせば、この水害のみならず、ギリシャの財政破綻も緊縮財政がもたらしたものであり、失われた20年におけるわが国のデフレ不況もまた緊縮財政がもたらしたものです。
そして、地方行政に目を転ずるならば、「大阪経済の凋落」もまた、緊縮財政がもたらしたです。
まず、大阪では、橋下維新が政治の実権を握ってから、過激な緊縮路線が推し進められました。
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2015/09/osakajitsujo/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%893.JPG
そして、その緊縮路線は、下記データに示されている通り、景気の低迷をもたらしているのです。
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2015/09/osakajitsujo/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%894.JPG
ただし、この「緊縮路線」は、今回の堤防決壊と同様に、大阪という街を、深刻な災害リスクに晒してしまっています。
日本の防災学の第一人者、河田恵昭・京都大学名誉教授は、言います。
「防災・減災は選挙の票につながらないと素人政治家は判断し、今回の大阪都構想における大阪市の区割りや大阪府との役割分担において、防災・減災は全く考慮されていない。
しかし、南海トラフ巨大地震は今にも起きかねないほど危険である。・・・・市民の安全・安心を守るのは大阪市行政の最重要課題であるにもかかわらず、票につながらないから大阪都構想では全く触れられていない。
地震と津波で大阪市営地下鉄や水道が壊滅すれば、大阪市の繁栄どころか、津波や火災で多くの市民が犠牲となり、復旧・復興もままならず、これが致命傷となり大阪市はさらに没落する。民営化の前にもっと地下鉄と水道をはじめ、社会インフラの防災対策を進めなければならない。」
( https://satoshi-fujii.com/scholarviews/ にて 「河田」で検索ください)
緊縮路線は、ひとたび自然災害が生ずれば、極めて深刻な被害をもたらすのです。
私たちの住むこの世界は、決して一切の危険が存在しない安全な世界ではないのです。
その事実を念頭に置いたとき、何が
「合理的」
な財政方針、予算配分なのかは、自ずと定まってくるはずです。
思考を停止しながら維新だ改革だと叫ぶ緊縮路線ほど、危険なものはないのです。