「対案」をめぐるデマが活用されています|藤井 聡

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「対案」をめぐるデマが活用されています

「対案」をめぐるデマが、ここでも縦横無尽に活用されていますねw
(※ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43334?page=4 の「「批判する者には対案が無い」というデマ」参照)

下記産経新聞には、以下の様に書かれています。

「大阪会議は、維新が提唱し5月の住民投票で反対多数となった都構想の対案として、自民が設置を主導した。しかし7月の初会合は大阪会議を都構想の対案と規約で位置づけるか否かで物別れに終わった。」

つまり,大阪自民は,都構想の対案として大阪会議を主張しておきながら、いざ、大阪会議がはじまったら、都構想の対案ってことを否定しにかかった」ということになり、さながら、自民がウソをついていた二枚舌野郎ですね、ということを暗にいわんとしているように聞こえます。

確かに、大阪会議は都構想の対案だ、という言説は自民党議員からも発せられてはいたようですが(その意味において、こういう揚げ足取りをされる隙を与えたのは事実だろうと思いますが)、そもそも,「都構想」という拙速な改革に対する、過不足無い,唯一の対案は、

 「頭を冷やしてじっくり考える」

ということ以外ありません。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43334?page=4

そもそも都構想なるものは、二重行政解消のみならず、特別区の設置でニアイズベターだとか、大阪市を廃止してスーパーおじいさんだとか、本当はシックス大阪にしかならないのにワン大阪だとか、大阪市を大阪府民で支えるだとか、そんな得体しれない膨大な数の「デマの束」を意味していたものです。

そんな「束」全体の対案として大阪会議が位置づけられるなんて、あり得ません。そんな「得体のしれないデマの束」に対しては「頭冷やして考えろ!」以外の対案なんてあるわけないですよねw

もちろん、「二重行政解消等の調整を行う、という都構想と呼ばれたものの一機能」についての「対案」として大阪会議は位置づけられることはできますが、それはそれ以上でも以下でもありません。

いずれにせよ、「対案がないぞ!」という橋下維新側が繰り返してきたデマは、こういう風にも活用できるのだなぁと、改めて感じた次第です。ホント、困ったものです。

ただ、今回特に残念なのは、橋下大阪市長がデマを喧伝するのはいつもの事としても、産経新聞もそのデマを援護しつつ、(言葉尻だけをとらまえて報道して)デマの拡大と拡散に貢献している点です。

いずれにせよ、にわかに「維新&メディアによるデマの拡散」が大阪で再び始められる気配が漂ってまいりました。

皆さん、もうにどとデマに幻惑されないように、正気をしっかりと保って、日々ご対応いただきたいと思います。