大阪市民が「市民的常識」であえて「複雑な仕組み」を選択した|藤井 聡

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大阪市民が「市民的常識」であえて「複雑な仕組み」を選択した

まともな論説も増えてきました。

『私たちの国が現に直面している危機の実相は「かなりよくできた制度」が運用者たちの質の劣化によって機能不全に陥っているということである。三権分立も両院制も政令都市制度も、どれも権限と責任を分散し、一元的にことが決まらないようにわざわざ制度設計されている。その本旨を理解し、その複雑な仕組みを運用できるだけの知恵と技能をこれらの制度は前提にしており、それを市民に要求してもいる。

権限をトップに一元化して、下僚は判断しない代わりに責任もとらないという仕組みの方が「効率的だし、楽でいい」とぼんやり思う人が過半を制したら、市民社会も民主制は長くはもつまい。・・・大阪市の抱える問題はひとつも解決しないまま残ったが、あえて「面倒な仕事、複雑な手間」を選んだ大阪市民の「市民的常識」を私は多としたいと思う。』

当方も同感です。