新日本経済新聞2015年11月24日

大切な事(政治)でのウソを許さない空気を「保守」する戦いを

京都大学大学院教授 藤井聡

11月22日投開票の大阪ダブル選で,橋下維新側の二候補が,市長選,知事選の双方で勝利を収めました.

誠に遺憾ではありますが,この結果は「大阪の危機」に直結する結果であると同時に,日本の「自由主義政治の危機」にもまたつながり得るもの,です.なぜなら,橋下維新政治はウソと欺瞞に満ちた「ブラック・デモクラシー」という名の「全体主義」政治だからです.(詳細はこちらをご参照ください ⇒ http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/11/10/fujii-169/

「ブラック・デモクラシー」=「全体主義」政治とは,その最も典型的な事例は,第二次世界大戦のころのドイツで展開された政治です.

それは,大衆の潜在意識化の願望に応えるためだけにでっち上げられた「政治スローガン」がさも真実であるかのようなプロパガンダを繰り返して多数派を形成,議論や公正,正義の全てを度外視した「多数派のごり押し」であらゆる政治を進める――というブラックで邪悪な政治です.

この「全体主義」政治について,歴史学者(近代ドイツ史)である林健太郎氏が『ワイマル共和国』(中公新書)の最後で,次のように述べておられます.

「ドイツ国民は…決してすべてが無法者を好んでいたわけではない…。しかし彼らは目前の苦境に追われて、社会と人間の存立のために最も重要なものがなんであるかを認識することを忘れた.そしてそれを破壊するものが民主主義の制度を悪用してその力を伸ばそうとする時に、あらゆる手段をもってそれと闘わねばならぬということを知らなかった。それがヒトラーを成功させた最大の原因である」

政治哲学を学び,それに基づいていく冊もの書物を出版した当方としては,林氏が論じたこのドイツでの政治社会現象(全体主義現象)が,まさに今,大阪で起こっているものの正体であると考えています.

この林氏の言葉を,大阪に当てはめれば,そっくりそのまま,次のようになります.

「大阪の人々は…決してすべてが無法者を好んでいたわけではない…。しかし彼らは目前の苦境に追われて、社会と人間の存立のために最も重要なものがなんであるかを認識することを忘れた。そしてそれを破壊するものが民主主義の制度を悪用してその力を伸ばそうとする時に、あらゆる手段をもってそれと闘わねばならぬということを知らなかった。それが橋下維新を成功させた最大の原因である」

つまり橋下維新は,大阪の人々が関西の地盤沈下とデフレ不況のダブルパンチという「目前の苦境」状況であることにつけこみ,彼らのブラック・デモクラシーの「力を伸ばそう」として「民主主義の制度を悪用」しているという次第です.

もちろん「決してすべてが無法者(=橋下維新)を好んでいたわけではない」のは事実ですし,そういう方々が精いっぱい「闘った」こともまた間違いないでしょう.

しかし,実に数多くの大阪の人々が「社会と人間の存立のために最も重要なもの」を忘れ,「あらゆる手段をもってそれと闘」うことを忘れてしまったことも事実なのです.そしてその事実こそが,今回の維新の勝因の最大の原因である―――これが,上記の林氏のフレーズの趣旨です.

では,今回,数多くの大阪の人々が忘れてしまった,

「社会と人間の存立のために最も重要なもの」

とは一体何なのかと言えば――それを一言で言うならそれは,

  「大切な事柄での『ウソ』は許さない」

という態度です(もちろんこれは,人間が人間であるために求められる真摯な態度と言い換えることもできます).

そもそも,大切な事柄で人々がウソをつくことが当たり前になってしまったとしたら――私たちの社会は根底から瓦解してしまうのは必定です.社会というものは様々な「約束」で成り立っているのに,そんな約束を反故にするようなウソがまかり通れば,あらゆる秩序が崩壊することは避けられないのです.

そして今回の選挙結果は,多くの大阪の人々が「政治という最も大切な事柄についてのウソ」を

『許している』

ことを意味していると考えざるを得ません.

例えば,今回圧勝した橋下維新は,大阪都構想の先日の住民投票は「ラストチャンス!」と言っていたのに,今回再度公約に掲げていました.つまりと彼らのその「ラストチャンス!」という主張は「ウソだった」ということを,彼ら自身が認めているのです.にも関わらず,多くの有権者たちはこのウソを「許した」わけです.

あるいはそもそも大阪都構想で大阪に豊かになるという理性的根拠は存在していません.したがってそれで大阪を豊かにすると叫び続けることは「ウソ」ですし,「二重行政が問題だ!」という主張もまた実証的根拠を欠いた主張であり,それもまた「ウソ」にすぎません.こうした「ウソ」はいずれも様々な専門家によって明らかにされていたのですが(http://amzn.to/1GF42Us),それらのウソもまた全て不問に付されました.

あるいは,吉村次期市長は選挙運動の中で「大阪が伸び率ナンバーワンの経済成長をしている」と述べ,過去の維新政治をアピールしていましたが,これは明確に「ウソ」であることが知られていますし,
http://satoshi-fujii.com/151112-2/

同じく吉村氏は,都構想で「○○の住民サービスが下がると流布されているのは全てデマ。」だと断じているのですが,この主張それ自身もまた「デマ」であることもまた明らかにされています.
http://satoshi-fujii.com/151013/

さらには,松井知事は都構想の住民投票の投票運動の際,負ければ政治家を引退すると明言していたのに,このたび「しれっ」と立候補しました.これはつまり,かつての引退宣言がウソであったことを示しています.
http://satoshi-fujii.com/shinnihon2-151103/

・・・

この様に,橋下維新政治は,政策についても政治プロセスについても,さらには政治家の「進退」についてまで明らかな「ウソ」をつき続けてきたのですが,こうしたウソは全て多くの有権者たちによって不問に付され,「許された」のです.
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151123-00010000-shincho-pol

つまり,大阪の多くの方々は,「大切な事柄での『ウソ』は許さない」という当たり前のことを「忘れて」しまったわけです.

――これは,大変に由々しき事態です.

政治でウソをつくことを有権者が許してしまえば,それこそ,政治家は,どんなブラックなことでもやり放題になってしまうからです.

もちろん「ウソをついているのは,橋下維新だけじゃない.政治家はしょっちゅうウソをついているじゃないか」としばしば耳にすることは事実です.

しかし,
「政治家がウソをつく」ということと,
「政治家がウソをつくことを許す」といこととは,根本的に異なるのです!

前者の場合はそういう政治家を糾弾すれば事足りるのですが,後者の場合は,それすらできなくなるのです!

それは犯罪がこの世に存在することと,犯罪者を無罪放免にしてしまう事とがまったく異なる,というのと同じです.

今回の選挙結果は,ウソをついていることが明白な有権者を,そうと知りながら多くの有権者たちが支持したのです.そうである以上,有権者たちは今,橋下維新が口にしている「公約」が守られる保証はないと覚悟しなければなりません.

例えば,橋下維新達の公約に反して,大阪都構想で大阪が豊かする,成長戦略で大阪を成長させると「明言」していますが,今回「だけ」それらがウソでないと信じられる根拠など,あるのでしょうか?

もちろん,その根拠について理性的に答えられる有権者は皆無でしょう.問い詰めても問い詰めても,最後の最後に出てくるのは「どうせ政治家なんて皆ウソをつくんだから」という程度の発言しかないでしょう.

ですから,少なくとも以上の分析に基づくなら,今回の選挙結果が大阪の未来を明るくするとは,残念ながら思えない――というのが筆者の見解(といより確信)なのです.

したがって,豊かな大阪を作りたいと考えるものは,この選挙結果を重く受け止めつつ,如何にすればウソと欺瞞に満ちた政治勢力による被害を最小化できるのかに,今日,この瞬間から全力で考えはじめ,動き続けなければなりません.

さらに言いますと,今回の選挙結果は,国政政党「おおさか維新の会」を通して橋下維新政治の「中央政治への拡大」をもたらすことも必定です.

第一に,東京の(国会,政府,官邸などを含む)政治諸勢力が,今後,橋下維新をこれまでよりも重視する傾向が高まることは決定的です.

そして第二に,これからの様々な選挙で橋下維新勢力が勢力を伸ばしていくこともまた,間違いないでしょう.

もしここで,一つでも橋下維新側が落としていたら「橋下維新も,もうこれまでかも」という空気が出来上がっていたとも考えられる一方,この二勝で「これからは維新が台頭するかも」という空気が醸成されることが予期されるからです.

(とりわけ,大阪と空気感が近い「兵庫」では,維新の台頭は目覚ましいものとなると危惧されます.ちなみにそうなれば,「常勝関西」を標榜する公明党の基盤が脅されることもあり得るでしょう)

これらを背景として,現在の「自公政権」が,「橋下維新」勢力と協調していく可能性も十分にでてくることになります(弱小勢力は無視すればそれで事足りますが,あなどり難い相手の場合には相手の言い分を飲んでいく傾向が高まるものです).

いずれにせよ,これらの展開は橋下維新による「ブラック・デモクラシー」がこれからいよいよ,大阪というローカルだけでなく,日本のど真ん中の東京で展開し始めることを意味しています.

それはつまり,ウソにまみれた政治が,日本の中央で始まることを意味しているのです.

より正確に言うのなら,小泉政権から始められた「ウソと欺瞞が許される政治」が,橋下維新により「完成」に向かうこととなるわけです.

そうなったとき,我が国の国益は首都直下地震や南海トラフ地震を遥かに上る水準で激しく棄損していくこととなることが,真剣に危惧されることとなります.

そうである以上,もはや今や,橋下維新と闘わなければならないのは,大阪の人々のみではなくなったのです.

つまり今回の選挙結果を受け,林氏が述べた「社会と人間の存立のために最も重要なもの」を守る戦いの戦場が,大阪から,日本の中央である東京へと拡大することとなったと考えざるを得ません.

勘の鋭い方々は,今回の選挙結果を受けてこうした戦線の拡大が生ずる懸念をすでに理解していることでしょう.しかしそうでない大半の日本国民はいまだ,事態がここに至ったことをほとんど理解していないでしょう.そしてむしろ,当方の指摘について「何を大げさな」と感ずることでしょう.

そうである以上,少なくとも本メルマガ読者だけは,その事態の展開を,大局的な視座から認識し,「社会と人間の存立のために最も重要なもの」(人としての真摯さ)を守るために,すなわち政治にてウソを「許さない」という空気を「保守」するために,一体何が求められているのかを,ぜひとも考え始めていただきたいと思います.

今回の選挙結果を受けてもなお,「未来は僕らの手の中」にあるのです.

筆者の懸念が杞憂にすぎぬことを祈念しつつ――今なすべきことを,筆者もまた一つ一つ考え始めたいと思います.

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