新日本経済新聞2015年10月20日

維新BPO申し立て問題:知ってほしい7つの論点

京都大学大学院教授 藤井聡

大阪維新の会が、当方の「私信」と呼ばれるものを極秘裏に入手し、了解も得ないままにマスコミやホームページにて「公開」しています。

同時に、その「私信」を根拠として、BPOに対して「藤井のTV番組出演は違法である」と断ずる申し立てを行っています。
http://mainichi.jp/select/news/20151017k0000e040273000c.html

さらにこれと並行して、当方が出演している朝日放送の二つの番組において、朝日放送が「BPOの申し立てとは無関係」としながら、当方の11・22の大阪ダブル選挙まで当方の出演見合を公表しています。

一方で当方は、こうした一連の動きに対して、様々な声明を公表しています。
(例えば https://satoshi-fujii.com/shinnihon2-151017/
https://satoshi-fujii.com/151019/  https://satoshi-fujii.com/151018/ 等)

・・・

さて、当方のFacebookや本メルマガ記事を毎週購読している方々を除けば、この問題の全容を的確に把握されている方は限られているものと思われます。

実際、一部の人々は、「藤井個人を非難」しておられる様ですが、どうやらそれは、前後の文脈を度外視して、「私信」とされるメール文面の一部のみを切り取って、あれこれを指摘して(あるいは「騒いで」)おられるようです。

例えば、大阪市長候補の吉村氏(大阪維新の会)は、BPOで申し立てた対象の「放送局」でなく、「藤井個人」に対する批判を行っていますし、
https://twitter.com/hiroyoshimura/status/655390264178020352?lang=ja

TVコメンテーターも勤めている長谷川豊氏も、
http://blogos.com/article/139834/
藤井個人を「お前」「あんた」と呼び捨てにしつつ、「絶望的にバカ」と断じつつ、当方を徹底的に非難しておられます。なお、この誹謗中傷は明確な名誉毀損であり、当方がそれを実施するか否かはさておき、「法的措置」が十分に可能な水準にあることは明白です(なお、彼の主張が如何に論評に値しない詭弁に満ちたものであるかは、下記で簡潔に論じてますので、ご関心の方は、下記ご覧ください https://satoshi-fujii.com/151018-3/)。

ですが、この問題は、「私信」メールの文面だけにとらわれた表層理解だけでは、その全容をつかむことは到底、不可能です。

この問題には、実に様々な論点が含まれています。そうした論点を全て捉え、その全容を認識すれば、そこには大阪市長を中心とした「橋下維新」という公的組織による重大な憲法違反を含めた数々の違法行為、背徳行為をふんだんに含むものである実態が浮かび上がります。

ついてはここでは、この一連の「維新BPO申し立て問題」において論ずべき課題を、7つの論点に整理したいと思います。

(論点1)「私信」の「入手(傍受)」において「法律違反」は無かったのか?
  橋下維新はいかにして「私信」を入手したのか?
  そこに窃盗を含めた不正行為は行われていなかったか?
  この点が明らかにならない限り、
  藤井の私信は維新関係者に全て傍受されている可能性が排除できません。
  これは極めて深刻な問題です。
  実際、当方は今、全ての私信が傍受される可能性を怯えながら、
  あらゆる通信を行っています。
  その意味でこれは文字通りの「テロル」となっています。

(論点2)「私信」の「公表」は、明確な憲法違反を含む法律違反である。
  大阪維新の会は、如何なる入手経路であれ、入手した「私信」を、
  それを「私信」であると認識しながら、
  自分自身の「ニュース」のHPに公開しています。
  これは「通信の秘密」の保護の憲法21条違反であり、
  「プライバシー権の侵害」であることは決定的・確定的です。
  https://satoshi-fujii.com/151018-2/

(論点3)「維新」の「私信」公表・BPO申し立ては「言論弾圧」か?
  以上に指摘した「私信」の入手およびその公表は、
  今回はそれを行ったのが「大阪維新の会」という「公党」である
  という点に重大な意味があります。
  なぜなら、それは「公党」が自身の政治的な権力を駆使しながら、
  「個人」に対して行った政治的「検閲」となるからです。
  政治的「検閲」とはまさに、自由社会で絶対あってはならないもので、
  これをもって「大阪維新の会」が「全体主義」的な政治組織であることが
  明確に証明されたと言えます。
  しかも、今回の「違法公開」に関連して、
  藤井には様々なバッシングが展開されており(上記の吉村・長谷川氏等)、
  実際に(関連は不明ですが)TV出演が見合わされています。
  つまり明確な「言論弾圧効果」が発生しているわけです。
  これまでの彼らの藤井個人に対する「言論弾圧」の経緯を見れば、
  今回のこの「私信の不正入手と公開」も、それを意図している事は、
  ほとんど明らかと言って過言ではありません。
  (そうでなければ、法を犯してまで、
  「私信」を公開する理由が見当たりません)。

(論点4)「私信」が実際なら、藤井出演「番組」は放送法に抵触しているか?
  入手経路・公開の問題を一旦脇に置いた上で、
  仮にその「私信」の内容が実際のものであったとしても、
  藤井が放送法に抵触しているとは考えられません。
  なぜなら、放送法が求める政治的公平は、
  出演者一人一人の資質や意図ではなく、
  実際に編集された番組内容そのものについてのものである一方、
  「私信」はその点を示唆するものではないからです。
  https://satoshi-fujii.com/151019/

(論点5)「私信」が実際なら、藤井はTVに出演してはいけない者か?
  繰り返しになりますが、法律で求められる公平は番組のものであって、
  個人のものではありません。万一公平な個人だけしかTVに出られないなら
  誰もTVに出られなくなります。
  街角インタビューで答える人々も何らかの政治的意見を持つ以上、
  それですら放送できなくなります。
  しかも「私信」は、送受信者の共通了解の上に成り立つもので、
  その共通了解を大幅に割愛して送受信されます。
  したがって一般公開には、その共通了解を全て追記する必要があります。
  それを追記すれば、「私信」の中で藤井が行ったと言及しているものは、
  「維新・自民の公約内容が適切に視聴者に伝えるための、助言」
  である、ということが明らかになります。
  https://satoshi-fujii.com/151018/
  これら2点を考えれば、「TVに出られない」とは到底考えられません。
  (さらに言うなら、「私信」で特定政党を批判・非難する個人が全て
   TVに出られないとするなら、それでもまた、TVに出演できる人が
   いなくなってしまいます)

(論点6)維新・自民の公約の適切な説明とは?
  そもそも今回の「私信」で言及されているのは、
  維新・自民の公約の説明方法です。
  維新は都構想で副首都を形成すると言い、
  自民は、与党の力と地域連携で近畿メガリージョンを作る、
  と言っています。これは事実中の事実なので、これを報道することが、
  不適切であるわけはありません。
  ・・・というより「私信」で言われている当初スタッフが提示した案は、
  上記説明よりも、より、公約内容が不明瞭であった様子が明確です。
  (なお、都構想で副首都形成は不可能だと筆者は確信しています。
  http://amzn.to/1GF42Us
  無論、これについてもTVで発言してもよかったのですが、
  今回は「事実解説」に徹し、「政策評価」の発言は回避しました)

(論点7)ABCの藤井出演見合わせは適切か?
  当事者である当方は、この点については、コメントを控えます。
  ただし、メディア法の田島教授のコメントだけ、ご紹介します。
  「(放送局の対応は)政党などの主張をそんたくしたように見える。
  公平性の確保には多様な意見を紹介すればいいわけで、
  出演見合わせという萎縮の方向はメディアとして好ましくない」
  https://satoshi-fujii.com/151017-2/

以上、本BPO問題について何らかの発言をしている方を見かけたら、是非、本稿の「7つの論点」をご紹介差し上げてください。

・・・

最後に一つ、「維新BPO申し立て問題」の全容を理解する上で有用になる、架空の小話をご紹介しましょう。詐欺師と正直者のお話です。

詐欺師と正直者が、自分たちが作った商品の「宣伝合戦」をしていたとしましょう。

そして、あなたが、その「宣伝合戦」を解説するTVコメンテーターとなったとします(もちろんあなたは、とても公平公正な論者で、かつ、詐欺師のウソを的確に見抜いているとしましょう)。

ところがTVスタッフが、詐欺師のウソを今ひとつ理解しておらず、詐欺師のウソと、正直者の言葉を並列に並べたパネルを作ってきたとしたら──あなたならどうするでしょうか?

きっとあなたは自らの「良心」に基づいて、詐欺師の言葉をそのまま垂れ流すのではなく、詐欺師と正直者がそれぞれ提示している「商品」を、可能な限り実態に即してパネルに記載すべきだと「助言」することでしょう。

(なお、あなたはその際、「彼は詐欺師だ!」なぞとは一言も言わず、ただ、両商品の客観的な解説に徹するでしょう。なぜなら、「商品合戦」に関する法律上、詐欺師であろうがなかろうが、TVでは商売人同士を不公平に扱うことは禁じられているからです。加えて、詐欺師を詐欺師呼ばわりすると、詐欺師に騙されている人は気分を害し、何も話を聞いてくれなくなることを、あなたは知っているからです)。

そしてTV局側はそうした「商品内容についての客観的な助言」も踏まえつつ、その他のスタッフの意見も勘案しながら、最終的には「TV局の判断」として、パネルを作成したとしましょう。

そしてTVは放映されます。その内容は完全に政治的に公平なものでした。

さてその後あなたは正直者に、詐欺師と正直者双方の商品の適切な説明方法を助言すべく、TV局で行った助言内容をメール通信します。なぜなら、商品の情報を適切に人々に伝えることを願うあなたの「良心」からするなら、「最もそれら商品について熱心に人々に語りかける正直者」に適正な説明方法を理解してもらうことが、その「良心」に叶う行為となるからです。

ところがあろうことかその詐欺師がその通信を傍受します。そして、詐欺師は、

「不公平じゃないか! 訴えてやる!!」

といって、その傍受した通信内容を勝手にネット上でばらまきつつ、BPOに訴えました。

・・・・

さてこのお話では誰が正しく誰が間違っているのでしょうか?一体誰が裁かれなければならないのでしょうか? 本来裁かれるべきは、あなたなのでしょうか、それとも詐欺師なのでしょうか?

是非、皆様も一度、ゆっくりとお考えになってみてください。

以上、本稿が、BPO申し立て問題の正確な世論認識の形成に資しますことを、そしてそれを通して、きたるべく大阪ダブル選挙にて正確な「有権者判断」が下されますことを、祈念いたしたいと思います。

PS 今回の「維新BPO申し立て問題」の本質にご関心の方は、「橋下維新」をあらゆる角度から徹底検証した下記三部作をご参照ください!

デモクラシーの毒(ジャーナリズム対談by藤井&適菜)
http://www.amazon.co.jp/dp/410339661X

大都市自治を問う~大阪・橋下市政の検証 (学術書by藤井&村上&森,他)
http://www.amazon.co.jp/dp/4761526106

ブラック・デモクラシー~民主主義の罠 (言論書by藤井&中野&適菜&薬師院)
http://www.amazon.co.jp/dp/4794968213